クラブ紹介

ライオンズの誓い

greeting

会長所信

2014~2015年度
福井葵ライオンズクラブ
会長 吉森 義治
yoshimori

はじめに

福井葵ライオンズクラブの会長に就任するにあたり、一言ご挨拶申しあげます。

前年度は5月に第60回地区年次大会、6月には複合地区年次大会が福井市において盛大に開催され、特に第60回複合地区年次大会においては、吉田名誉顧問大会委員長のもと福井葵ライオンズメンバーの大活躍大成功に終わり、また新たな歴史が刻まれました。

福井葵ライオンズクラブ設立以来42年目になりますが、いよいよ熟年期に入っていきます。チャーターメンバー・歴代の会長・諸先輩・会員の皆様のご奮闘により今があるのです。その伝統と歴史をしっかり継承し守って行きたいと思っています。
ライオンズクラブは奉仕団体であります。
当面、会員数90名を目指し、そして常に地区NO1を維持しながら、地道であっても地味であっても、心に残り歴史に残るアクティビティを展開してまいりたいと思います。

あの野口英雄博士は幼少の頃、やけどでくっついた指を医者に切り離してもらった「感動・感謝・感激」で、素晴らしい医学者となり人類奉仕に生涯を捧げました。また、今ゴルフで活躍中の松山英樹の師匠である東北福祉大の阿部靖彦監督曰く「能力には限界がある しかし努力は無限である」。そしてあの打撃の神様と言われた川上哲治氏曰く、「努力は天才の異名である」。世の中で業績・実績を上げた人はみな努力を惜しまず積み重ねた結果、素晴らしい人格者になり歴史に名を遺したのです。
皆努力を惜しまず、「感動・感謝・感激」を忘れず、一生懸命汗を流し頑張って行くならば自ずと結果はついてくるものだと信じています。大なり小なり 努力し結果を残してきたからこそ、今の私たちがあるわけです。
日本一明るく楽しいクラブを目指し、運営・奉仕活動を推進してまいりたいと思いますので、どうかこの一年間会員皆様の絶大なるご指導・ご支援・応援の程宜しくお願い申し上げます。

スローガン

「みんなで 築こう 刻もう 心に残る奉仕」

のもと、メンバー一丸となって更なるつながりを求めて躍進する一年とします。あらためて、皆様のご支援のほどよろしくお願い致します。

運営方針

1. 例会はメンバー全員が明るく楽しい中身のある会合にする
2. メンバー同志の 「相互理解の和の精神」 の更なる進化を図る
3. 全員一丸となり会員拡大100名を目指す

事業方針

1. 継続事業のさらなる充実
2. 新鮮味溢れる歴史に残るアクティビティ
3. 「感動・感謝・感激」 に満ち溢れるアクティビティ
4.  全員参加が出来る事業を展開していく
40th

我がクラブは結成以来40 年が経ちました。この間、チャーターメンバーをはじめとする多くの先輩方の情熱とご尽力、また地区内外、ブロック、友好葵等のクラブや多くの団体、個人の協力をいただいたことを忘れてはなりません。また、ACT を通して得てきたことも多く、我がクラブの成長の糧であり、貴重な財産となっています。

我がクラブが内外ともに認められ、334D 地区でも有数のクラブとして今日を迎えられたことは、過去と現在のすべての関係者にまずもって感謝しなければなりません。

40 年という時間の経過とともに、世の中の価値観やニーズは多様化し、社会や経済の情勢も様変わりしました。40 年前の戦後の復興期から高度成長期をへて、現在は混迷の時代。時代の流れの中で社会が我々に求めている奉仕も変わってきているはずです。

また、近年ボランティアやNPO といった奉仕団体も益々存在感を増しています。

人々の奉仕に対する価値観、考え方も変わり、奉仕の形も多様かつ充実したものになってきています。そんな中で、我々は社会からの要請に応えられてはいるのでしょうか。今後も今のままでいいのでしょうか。

また、クラブの理念や結成当初の情熱に対して、今の我々の意識はどうでしょうか。

最近、ACT 数が減少しているだけでなく、とかく安易で、形だけに走る傾向にあるよ

うな気がします。それは、我々の基本であるはずの奉仕に対する意識も時とともに薄ら

いできているからとはいないでしょうか。

この 40 年、我がクラブはメンバーの和や友情を大切しながら成長してまいりました。このことは「友愛」という我がクラブの価値観の一つであり、内外に誇れるところであります。ただ、時にそれが仇となり、肝心な「奉仕」がおざなりになる嫌いにあったとは言えないでしょうか。

2014-2015年度 福井葵ライオンズクラブ役員名簿

会  長 L.吉森 義治
前会長:改革/ALERT委員長 L.藤井 武夫
第一副会長 L.房川 正己
第二副会長 L.中出 欽也
第三副会長 L.野尻 雅人
幹  事 L.奥島 健司
副幹事:社会福祉・障害者福祉委員長 L.西村 友一
会  計 L.山本 智則
副会計:財務委員長 L.田中 亮輔
二年理事:交通安全・環境保全委員長 L.三船 順一郎
二年理事:市民教育委員長 L.横山 純治
二年理事:ライオンズクエスト・青少年指導委員長 L.吉田 幸男
二年理事:出席委員長 L.相馬 佳代子
一年理事:四献・保健委員長 L.北川 孝伸
一年理事:会則付則委員長 L.田中 猛雄
一年理事:YCE・国際協調委員長 L.中岸 勝則
一年理事:GMT・GLT委員長 L.見谷 英貞
ライオンテーマー L.児島 利彦
副ライオンテーマー:計画委員長 L.能登部 重利
テールツイスター L.山崎 正弘
副テールツイスター:PR委員長 L.中村 啓信
会員委員長 L.見谷 英貞
会員副委員長 L.田中 亮輔
会員委員 L.岸田 雅直
友好葵委員長 L.玉木 誠
友好葵副委員長 L.木下 賀之
会計監査委員 L.中島 茂憲
会計監査委員 L.吉村 一夫
事務局運営委員 L.藤井 武夫
事務局運営委員 L.吉森 義治

日本ライオンズ各地区分布図

map

331-A 北海道-道央
331-B 北海道-道北、道東
331-C 北海道-道南332-A青森
332-B 岩手
332-C 宮城
332-D 福島
332-E 山形
332-F 秋田333-A 新潟・群馬
333-B 茨城・栃木
333-C 千葉330-A 東京
330-B 神奈川・山梨・大島・新島
330-C 埼玉

334-A 愛知
334-B 岐阜・三重
334-C 静岡
334-D 富山・石川・福井
334-E 長野

335-A 兵庫-東
335-B 大阪・和歌山
335-C 滋賀・京都・奈良
335-D 兵庫-西

336-A 徳島・高知・香川・愛媛
336-B 鳥取・岡山
336-C 広島
336-D 島根・山口・隠岐

337-A 福岡・対馬・壱岐
337-B 大分・宮城
337-C 佐賀・長崎
337-D 熊本・長崎・沖縄

福井葵ライオンズクラブ情報

クラブ名称 福井葵ライオンズクラブ
結   成 1972年11月7日
認証状伝達式 1973年3月21日
クラブ番号 025136
地区順位 64
日本順位 1710
スポンサークラブ 福井中央ライオンズクラブ
例 会 日 第2・第4 木曜日
例 会 場 福井商工会議所ビル 地下『国際ホール』
クラブ事務所 福井商工会議所ビル 6F
電話・Fax番号 Tel (0776) 33-1862 FAX (0776) 33-1863
Emeil fukuiaoi@skyblue.ocn.ne.jp

ライオンズクラブ国際協会の歴史と概況

沿革
ライオンズ国際協会は1917年アメリカ合衆国シカゴ市で誕生しました。
創立者メルビン・ジョーンズは当時シカゴ市において保険代理店を経営し、ある実業団体の会員として市の有力者たちと交際しているうちに、こうした集まりが単なる商売上または社交上の集まりにとどまらず、社会のためになにか有益な団体となり得ないだろうかという夢をいだきはじめた。 そこでメルビン・ジョーンズは合衆国内の各種団体に呼びかけて、各地の指導的立場にある人々による社会奉仕団体の結成を目論みました。
そして1917年10月8日から10日迄の3日間、22クラブの代表者36名がダラス市に集まり第1回の大会を開催し、正式に 「ライオンズクラブ協会」 の名称を採用しました。その後1920年にカナダ・オンタリオのウィンザー市にアメリカ合衆国外で第1番目のクラブが結成され、協会の名称も 「国際協会」 に、なりました。
以来メルビン・ジョーンズが協会とともに歩んだ半世紀の間に、協会の目的と綱領に対する共鳴者は全世界に広がり、現在は世界193ヶ国に約140万の会員を擁する世界最大の国際的奉仕団体になりました。

日本のライオンズ

日本のライオンズクラブは1952年3月に初めて東京に誕生しました。 当時なお険悪な対日感情が残っていたフィリピンのマニラ・ライオンズクラブによってスポンサーされました。 この恩響を越えて人類の進歩と平和を願うライオンズ精神は、日本の指導者たちをいたく感激させ、以来わずかの年月に多くの会員を獲得し、今では世界第3位のライオンズ国となりました。
このことはもちろん、日本のライオンズ草創時代の指導的ライオンの使命感と、熱心な新クラブ結成、会員増強運動によるものですが、もともと日本人の中につちかわれていた社会福祉に対する理解と、戦後日本の改正憲法に現れた民主制、国際性に沿って、国際伸展の時流に乗ったことも見逃せない事実です。